美化されるほどの記憶は持ってない

月曜日です。


労ショックに備え、終日こたつでごろごろしていました。

情報理論本を読み進めた後は、無限にFF6をやりクリアしました。最高のゲームだった。


記憶は美化されると人間界ではまことしやかにささやかれていますが、久々にやったFF6は記憶よりもはるかに面白かった。昔やった時は自身のコンテンツ理解力の乏しさによってすべてを楽しめてはいなかったのでしょう。

我々(我々?)は人生の経過によって能力が開放されていくシステム(?)を採用しているため、昔よりも今のほうがはるかに高い能力を持っているのです。

一方、一般的な人間は出生直後から能力をフルに使えるようです。「あのときあれをやっておけばよかった(やれる能力はあった)」という考えが広まっていることからもこれは明らかです。

そういえば昨日の散髪労時に「現世の物体認識は難しい」という話をしたら「そんなこと考えたこともなかったですね〜」といった反応であり、人間だな〜という気持ちでした。


ところで(FF6)の途中でプリチャンとはぷり2話ぶんを見ていました。

寝ます。人はなぜ労・・・。