人生は重要視していないです

木曜日です。


なんとかkotoが収まりました。

というわけで、穏やかな気持で開発労。

さらにRust会がありました。


労後は魔女の旅々17巻。後半なので怒濤の伏線回収がアツい。

スパロボTをやりました。スパロボ効果で楽園追放が実は最高のアニメだったのではという気持ちになってきました。実はBDを持っているので、久々に視聴したい気持ち(と昨晩ツイをしたら、期間限定配信をやるらしいという情報を今日見かけた)(タイムリー)。


そういえば、現世異様寒なので最近は最適な服を選択するタスクが発生してつらい。

衣食住、なぜデフォルトで最適なものが提供されないのか。

私は人生で痛い目を見たくないんだ。


私はゲームだと試行錯誤が好きなのですが、一方で人生は絶対失敗したくない。

これに対して普通の人は、人生を試行錯誤するのは好きなのに、ゲームでは絶対失敗したくないと考えているようです(宝箱の取り逃しを気にしたり、貴重な消費アイテムを使うのを嫌がったり)。

人は本当に大切なもの(私にとってのゲームであり、普通の人にとっての人生)に対しては失敗を恐れないが、その一方であったらうれしいレベルのものについては過剰に失敗を恐れる。

この閾値がどこにあるのか謎ですが、この理屈に従うと私にとっての性はあったらうれしいレベルの概念だったようです。

ゆえに、性を得られなかった。

人が苦しむのは、このあったらうれしい領域のものごとがあまりにも多すぎるからという気がします。


話を戻すと、現世異様寒で困っているのにそのことが今日になるまで一切日記に登場しなかったあたり、私が人生を重要視していないことがわかりますね。

以上です。