よいものが受け入れられているようだ

金曜日です。


なんとか出社しました。

労は無限開発労。ジャヴァスクリプトの洗礼を受け、息も絶え絶えといった様相でした。

しかしRust会もあり、こちらは有益な議論ができたのでよかった。弊チームは有能パーソンが多いので、鋭い意見がたくさん出てとても助かります。


帰りの電車ではスパイ教室を読み終えました。極めて有益でした。

作中に絶妙に配置された伏線が後に最高の展開がくるであろうことを予感させ、読み進めるごとにその予感は確信に変わり、はたして最高のENDを予想通りの展開でありながら、しかし予想以上のよさ(なんだこの表現)で迎えたのでした。

また、本作はロクアカ、アサシンズプライド の流れを汲む作品であるように感じられました。つまりヒロインが無限にちやほやをうけるタイプの作品だということです。よい・・・。

2巻も楽しみに待ちます。

それにしても2月に入ってからー異能ー、声優ラジオのウラオモテ、そしてスパイ教室と最高のラノベを3連続で立て続けに読んでしまった。

このような出会いがあるとは、あまりにも恵まれていると言えましょう。

しかもこれらの作品は出版社からの手厚い支援を受けている。これはすばらしいことです。

ラノベに限らずここ数年、よいものが無限に世の中に受け入れられているように感じます。これまでもよいものは無限に生まれていましたが、それらの多くは世の中に受け入れられることなく消えていきました。この状況は明らかに変わってきている。

いったい何が起こっているのか。世の中はよくなっていっているのか。希望が生まれたのか。

そういえば社会から冷遇されていた機械学習が(私の好まない深という形ではあるにしろ)世の中にこれほど受け入れられているというのも驚きでした。

なんだかよくわかりませんが、よさが受け入れられるこの流れは歓迎すべきものです。

but、しかし、私はすでに老の領域に足を踏み入れてしまった。この、よい社会の流れに乗って人生をよい方向に変えることは、もはやできないように思われます。

なぜなら社会が可能性を与えるのは若者だけだからです。そして、そうあるべきなのです。

老に存在価値はない。

一刻も早く命が失われたいものです。


帰宅後はDゲームを視聴(ここで急に思考が現世に引き戻される)。わかりやすい小物ムーブをしたザコキャラがわかりやすく倒されたり、老パーソンがわかりやすい死亡フラグを立てまくるなど、ジャンクフード(過去日記参照)まじうめえこいつは最高だな、という展開が続き、にこにこしながら視聴しました。

その後は横の構えでぼーっとしながら今に至ります。

寝ます。