人はなぜコミュで回復できるのか

月曜日です。


失意の起床、のち出社。

社では開発労、会議労をしました。

お昼を食べていると「在は人との会話がないのでつらい」といった会話が聞こえてきました。こっちは健常の者にあわせて生命力を削ってまで会話をしているというのに・・・。なぜ会話で回復する個体とダメージを受ける個体が共存しないといけないのか。

このお昼の出来事があたかもフラグであったかのように、午後の労ではsuddenコミュニケーションが多発。すっかり疲弊してしまいました。まわりの人々の配慮もあり、コミュニケーション自体は成功。しかし我々にとってはコミュニケーションが発生してしまった時点で敗北なのです。


帰りの電車では異様な疲れで、ただちに意識が失われていました。

帰宅後はへやキャン△。サブタイトルが「へやキャン」だったので大勝利でした(最終話サブタイトルがタイトルのアニメは名作の法則)。

以上です。


初労からこれほどのダメージを負ってなお、敢然と4労に立ち向かう労働者は誰か。

そう、私です(????????)。